スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 | ↑top
インドシナ(11)~ラタナキリ②
2010-08-19 Thu 02:09
ブンニーの家に連れて来てもらった。

CIMG4933.jpg


ブンニーの甥っ子。

CIMG4934.jpg

利発そうな顔をしておる。


CIMG4935.jpg

小綺麗にしていますよね。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

ブンニーの友達の飲み会(?)に混ぜてもらった。
みんなフレンドリー。よく喋る。

CIMG4947.jpg

CIMG4949.jpg

CIMG4945.jpg

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

とある集落にて。

CIMG4959.jpg

CIMG4972.jpg

子供たちが教科書を見せてくれた。
ラタナキリでは政府が無償で英語教育してくれるそうな。

ブンニー「今の子はいいよねぇ。羨ましいよ。僕なんか今の仕事始めてからボスに英語教えてもらったもんね」

それはそれで偉いと思うよ。ブンニー。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

小学校にて。パソコンまである。

CIMG4973.jpg

先生がとてもジェントルマンな方で、「ようこそいらっしゃいました。是非みんなの前で喋ってやって下さい」と。


「あのあの、マイネームイズリョー。あの、アイムアティーチャー・・・」


興味深そうにじーっと僕を見つめる子供たち。





「・・・。」





滝汗。





やっぱおれこの仕事向いてねぇや。
(対人恐怖症)

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
スポンサーサイト
別窓 | アジア旅行記 | comments : 8 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(10)~野グソをしてみた
2010-08-18 Wed 02:28
ラタナキリ二日目。

CIMG4996.jpg

CIMG4910.jpg

ラタナキリは人口の76%が山岳少数民族で、そこかしこの集落に今も独自の生活様式を守ったまま暮らしている。
ブンニー自身もタンプーン族の人だったりする。


CIMG4914.jpg

この辺の人達は、男性も女性もパイプを吸っている。


村のおじさん。

CIMG4965.jpg

「おーっほっほっほっ。わし日本人初めて見たよ」


CIMG4966.jpg

僕にも吸わせてくれた。
すげぇうまい。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

引き続きブンニーのバイクであちこち案内してもらっていると、





ぎゅる・・・。



ぎゅるるるるぅ~。
あっあっ、あぁっあぁぁぁあっっ。





おれの腹の中のケイオスが再起動。

パターン青。使徒です。





「ブンニー!ストップ、ストーップ!!

エマージェンシー!エマージェンシー!!」






ブンニー「どうしたの?」
おれ「うんこしたい」
ブンニー「そう。それじゃここで待ってるよ」
おれ「この辺てトイレない?」
ブンニー「あるわけないでしょう。そんなもの」





CIMG4995.jpg

あるわけないですよね。





ブンニー「そこの草むらでしてきたらいいよ。待ってるから」


あのう、草むらってね。
ここカンボジアですよね。










地雷とか埋まってんじゃねぇの?










野グソしようとして地雷踏んで死んだとか、親が泣きますから。


【ニュース速報】
本日、日本時間13時頃、神奈川県の喜久里亮さん(37)がカンボジア・ラタナキリ郊外で野グソしようとして地雷を踏み死亡。



とかテレビにテロップが流れるんでしょうか。かっこよすぎ。

そんなわけで、生まれて初めて野グソしました。
メントール入りのウエットティッシュしか持っておらず、おしりの穴がスースーしました。

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 1 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(9)~ラタナキリ①
2010-08-16 Mon 00:13
いよいよ憧れのラタナキリへ。
ストゥントレンからラタナキリの州都バン・ルンまではおよそ4時間。

ピクチャ 8


しかし、
噂には聞いていたが、

すごい悪路。

CIMG4625_1.jpg

ミニバスが時化に遭った小舟のように揺れる。
ばうん、ばうん、ばうん、ばうん。
楽しい。

CIMG4677_1.jpg

途中何度もオーバーヒート。
川から水を汲んできて、エンジンにぶっかけながら進む。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

これが「州都」。
本当に中心にただ市場があるだけ。

CIMG4890.jpg

CIMG4889.jpg

あとは見渡す限りの熱帯雨林。
本当のド・田舎である。

CIMG4992.jpg

バスから降りると例の如くバイタクが群がってくるが、プノンペンとは比較にならないほど人がいい。そして親切だ。
やはりプノンペンを見て「カンボジア人」を判断しない方がいい。

僕が乗せてもらったフリーというバイタクドライバーは、たった1ドルで僕の言うが儘にあちこちのゲストハウスを回ってくれ、しかも通り道のガイドをいろいろとしてくれた。
狭い街なのでその後も何度か会ったが、その度に遠くから笑顔で手を振ってくれた。

なんかいいなぁ、ここ。
日本人は全くいない。それどころか西洋人旅行者もほとんど見かけない。

僕が泊まったのは「トライバル・ゲストハウス」。

CIMG4887.jpg

CIMG4878.jpg

きれいだー!しかもホットシャワー付で1泊7ドル。

屋台で適当に食事を取る。

CIMG4879.jpg

CIMG4880.jpg

夜は決まって激しいスコール。
市場周辺が完全に水没する。

バンルン・雨

自力で近郊を廻るのはとても無理なので、ガイドを雇うべくその辺の店を廻った。
オランダ人がやっているトレッキング・ツアーデスクが気に入り、そこでガイドをお願いすることにした。

CIMG4613_1.jpg

    (※)ちなみに『地球の歩き方』(当時07~08版)のラタナキリ情報は古過ぎます。
    飛行機は現在運行してないし、載ってるホテルもほとんどつぶれて今はもうないです。
    行かれる方は気をつけて。


・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

翌朝。

CIMG4954.jpg

ガイドはブンニーという22歳の青年だった。高校球児みたいな爽やかで礼儀正しいやつだった。

バン・ルン周辺には小さいながらも無数の滝と、ヤックロム湖という火山湖がある。
ブンニーのバイクのケツに乗り、初日はその辺を廻ることになった。

CIMG4921.jpg

CIMG5008.jpg

CIMG4908.jpg

CIMG4925.jpg

ヤックロム湖。

CIMG4940.jpg

地元の子は元気だ。

CIMG4942.jpg

あぁ、平和だ(カネないけど)。

CIMG4953.jpg

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 0 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(8)~ストゥントレン
2010-08-15 Sun 00:55
ストゥントレンは「街」というより「一角」というべき所で、幾つかのゲストハウスと屋台が集まっているだけの所だった。
各方面に向かうバスやピックアップトラックの単なる「ターミナル」てゆうかんじ。
でも宿はとっても感じよかったな。一泊8ドル。安い。

CIMG4864.jpg

さっさとシャワーを浴びて、遅い晩飯を食いに外へ出た。

CIMG4865.jpg

大半が片付けを始めており、ここしか食うところがなかった。
おばちゃんは楽しい人だったが、蚊がすごい。

CIMG4866.jpg

カンボジアの食事について。
プノンペンやシェムリアップなら、それなりにレストランやバーもあり、洋食も中華も食える。
が、それ以外の街で食うものは悉く激烈にまずい。
僕は旅に出てしまえば、ヘビでも蛙でも虫でも食える、比較的食事にはおおらかな人間である。
が、カンボジアの料理というのは、肉料理も野菜料理も大量に酢をぶちまけただけという感じの、ちょっとあり得ない味なのである。
タイ・ベトナムという、かなり食文化のレベルの高い国に挟まれているとは到底思えないくらいまずいのだ。

カンボジアの人達は、これをうまいと思って食ってるんだろうか。

例えば土産物屋で売っている民芸品や織物。これらもタイやベトナムとは較べ物にならないくらい質が悪い。
ポル・ポト時代にカンボジアの文化は徹底的に破壊し尽くされたという。
伝統芸能なんかも芸人自体が殺されまくったので、再興が容易でないそうな。

そういう負の歴史の残滓が、こういうところにも顕れてるのかなぁと思ったりした。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

翌朝。

CIMG4869.jpg

CIMG4867.jpg

CIMG4871.jpg

インドを旅した時でさえウンコの固さだけは譲らなかった、鋼鉄の胃腸を持つ僕が、

大下痢。

あっあっあっ。
下腹部あたりに生命の拍動を感じる。
産まれる。産まれるよママ。

カンボジアのカブトムシ発見。

CIMG4873.jpg


いざラタナキリへ。レッツゴーひろみ!

CIMG4870.jpg

CIMG4876.jpg

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 2 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(7)~ストゥントレンへ
2010-08-13 Fri 02:33
とにかくプノンペンからバンコクまで辿り着かなければ帰国できないのである。
食費や宿代は頑張れば節約できるが、移動費だけはどうにもならない。

ラタナキリに向かうには、ストゥントレンという街を経由しなければならない。
プノンペンから北に約400km。

ピクチャ 12

この辺の情報は非常に乏しく『地球の歩き方』にもほとんど載っていない。
どういう街かは全く分からない。

カードの件で揉めたお陰でバスの発車時刻には間に合わなかった。
よって、バスターミナル周辺でストゥントレンまで連れて行ってくれそうな連中に声を掛けることにした。

「ねぇねぇ、ストゥントレンに行きたいんだけど」
「よっしゃ分かった!40ドルね!」











ダメです。


CIMG5706.jpg

なんとか20ドルまで値切りました。


CIMG4857.jpg

こいつが40ドル野郎。

こういうのは大抵、車に出来るだけ沢山の人間を詰め込んで移動するものなのである。
彼にしてみれば、その方が一気にカネを回収できるわけであるから。
従って、僕以外にも同じ方面に向かう「客」を集めることとなる。
かなり待たされることになるので、外は暑いからすぐ側のコーヒーショップで時間を潰した。
そこでボブ・サップと仲良くなりました。

CIMG4858.jpg

彼(マイケル)はポイペト経由でタイに行くらしい。
よい旅を。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

結局、普通の乗用車に何人乗せて出発したと思いますか。










8人。










後部座席に4人。前に4人。
前に4人というのは、要するに助手席に2人、運転席に2人である。
運転席に2人乗って、しかも運転するのである。
神業。

CIMG4859.jpg 

こんな状態。
この状態で6時間。すごく楽しいですよね。

かなり走った。道はどんどん悪路になっていく。

ばうん、ばうん、ばうん、ばうん、バスン!





バスン?





CIMG4861.jpg



ガッデム!



結局ストゥントレンに着いたのは8時間後の夜9時でした。

CIMG4863.jpg

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 2 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(6)~トラブル
2010-08-11 Wed 21:21
今回の旅行(13泊15日)にあたって、僕が持って行った金額は7万円ほど。
極端に少なくしたのは、プノンペンで強盗やスリに遭う危険を回避するためである。
プノンペン最終日にカードでカネを下ろして、そのままプノンペンを脱出するつもりでいた。その後は平和な田舎が続くので。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

最終日、早朝にカネを下ろしに行ったが、ATMがカードを受け付けてくれない。
カンボジアのATMなんてまぁこんなもんだろうと思い、銀行が開くまで待った。

行員にカードを渡し手続きしてもらったが、カードリーダーを通す時に、

ぴーーーーー。

と警告音が鳴る。
何度やっても鳴る。





「お客様、どうやらこのカードは使えないみたいですが・・・」







なんですか?(°Д°)







何度やってもらっても、結果は同じ。

ちょっと待ってよジーザス。
へんな汗が出てくるんですが。


プノンペンのあちこちにあるネットショップには大抵インターネットフォンが設置されており(違法ですが)、それを使って日本の○天カスタマーセンターに連絡を入れた。

おれ「あのあの、カードが使えないんですが」
楽○「お調べ致しますので、しばらくお待ち下さい」


・・・。

○天「お客様、お客様のカードは現在使用停止になっております」










おおおおおおおうぃ!

アホかテメェ!











おれ「そんな筈ないですよ。だって俺、不払いとか一切ないもん」
楽○「いや、でも確かに使用停止になってまして・・・」
おれ「おかしいですってば。全く心当たりないですよ!」
○天「いや、でも・・・」
おれ「まじで困りますって!今俺カンボジアにいるんですよ!シャレになんないですよ!!」
楽○「えっ!・・・(かなりの間)本当にお気の毒に思いますが、これはどうにもできないものでして・・・。申し訳ございません・・・」
おれ「いやいや、まじで困るから!停止になってる理由はなんなのよ!」
○天「それはお教えできない規則になっておりまして・・・」
おれ「まじでさ~、シャレにならないですってぇ~。勘弁して下さいよ~」


もはやアンタッチャブルの山崎状態である。
こんな押し問答がずっと続いたが、どうにもならないの一点張り。


呆然としてネットショップを出た。
あぁ、空が青い。


宿に帰って、ベッドの上に全ての紙幣を広げてみた。


お願い。増えて!増えてよ!!
増えなかった。


手元に残っているのは、円に換算してあと5万ほど。
これであと10日以上ですか・・・。
無理ではないが、まじギリギリ。
一度でも盗難に遭ったらジ・エンド。


そんなわけで、久し振りに本格的な貧乏旅行をすることになりました。
拍手。





楽○天カードは帰国後即刻解約しました。

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 2 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(5)~トゥールスレン博物館
2010-08-10 Tue 00:42
キリング・フィールドが郊外にあるのと対照的に、トゥールスレン博物館は市街地の只中にある。

CIMG4799.jpg

CIMG4798.jpg

元々リセ(学校)だった建物を「政治犯」の拷問・虐殺施設に転用。
稼働していた3年半のうちに約20,000人が収容され、ここを生きて出られたのは僅か8人。
看守の多くを10代の子供が務め、彼等もまたトゥールスレンの秘密を知る者として多く粛清された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/S21_(トゥール・スレン)

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

入ってすぐ、A棟は尋問室。がらんとした部屋には鉄のベッドと「簡易トイレ」の弾薬箱のみ。

CIMG4801.jpg

CIMG4803.jpg

ベトナム軍がここに突入した時、このベッドの上がどうなっていたかは、後ほど写真を掲載する。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

C棟は独房。別の旅行者が雇っていたガイドの話を盗み聞いたところによると、「囚人」は自分の独房を自分の手で作らされたようだ。素人仕事の粗さがそれを物語る。

自分の手で「自分の墓場」を作らされる、その胸中は  

CIMG4827.jpg

CIMG4831.jpg

中に入ってみた。そして座り込んでみた。
畳一畳分もないスペース。
暴力的なブロック壁の圧迫感。
ここに鉄の足枷で繋がれ、
これで狂わない方がどうかしている。

誇張でもレトリックでもなく  
こうしていると、「囚人」の叫びが全身を包み込んでくるように感じるのだ。
真夏だというのに、かつて感じたことがないような悪寒が走る。
確実に、今もここには「何か」がいる。

ものの1分も座っていられず外へ出た。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

B棟。
夥しい数の「囚人」の顔写真。

CIMG4815.jpg


そして「処分」が済んだ後の写真。

CIMG4816.jpg

CIMG4819.jpg


一番印象に残ったのはこの写真。

CIMG4839.jpg

この微塵も希望の見えない極限状況の中、腕を折った我が子を抱え、母親は何を思ったか。
こうして文字をタイプすることすら、ひどく軽薄な行為のようで躊躇われる。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

当時のプノンペンは、完全にゴーストタウンと化していた。
あの、僕が屋台巡りをしている同じ通りが、このような状態だったのだ。

CIMG4820.jpg

CIMG4821.jpg


A棟のベッドには拷問死した腐乱死体が。
強烈な死臭で息も出来ない程だったという。

CIMG4806_2.jpg

CIMG4807_1.jpg

CIMG4808.jpg

CIMG4810.jpg

1979年。
決して遠い昔の話じゃない。
ごく最近の出来事。

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 0 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(4)~キリング・フィールド
2010-08-08 Sun 04:02
宿の階下はネットカフェ。
そしてそこのマスコット犬(名前失念)。

CIMG4656.jpg

人間には好かれないが、動物には好かれるわし。

こうも世界中にネットカフェが普及してしまうと、旅とは一体なんだろうと些か考えてしまうが、キリング・フィールドまでの道を調べた。
僕はとにかくツアーとかチャーターとかが嫌いである。
人を待たせていると思うと、どうにも落ち着かない。
自分の足と勘を頼りに動きたい。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

果てしなく続く草原地帯。抜けるような青空。子供たちの嬌声。
そんな平和としか言いようのない光景の只中に、それはぽつんと立っている。

CIMG4657.jpg

アメリカとロン・ノル政権に対抗するため、中国の支援のもと反米、反ロン・ノル統一戦線(ポル・ポト派=クメール・ルージュ)が組織され内戦が勃発。アメリカのベトナム戦争敗退の中、クメール・ルージュが勝利を収める。

ポル・ポト時代の幕開けである。

中国に強い影響を受けたポル・ポトは、従来の社会システムや文化を破壊し尽くした。
都市部の人間を農村に送り込み、全ての国民を組織の下で支配した。家族をバラバラに引き離し、全ての自由を奪ったのだ。

またポル・ポトは、旧時代の要人や軍人とその家族、クメール以外の民族を手始めに、指導者・医者・教師・僧侶などのエリート層や、さらに組織に不平を言った者、都市からの移動者、文字を読める者など、見つけ次第に次々と処刑。徐々に無差別殺戮へと暴走していく。

ポル・ポトが政権を執っていたわずか三年九ヶ月で数百万人もの国民が殺されたのだ。

1979年、ベトナム軍の侵攻によりポル・ポトは敗走。大量虐殺にようやく終止符が打たれた。
しかしその時、全ては破壊し尽くされており、カンボジアにはもはや何も残ってはいなかった。
ただ国中を死体が埋め尽くしているだけであった。

(堀田あきお『アジアのディープな歩き方』より)



CIMG4718.jpg

CIMG4719.jpg

CIMG4720.jpg

CIMG4721.jpg

CIMG4723.jpg

この骸骨達の一つ一つが、かつては確かに笑ったり怒ったりしていた筈なのに、そして地獄の責め苦を味わった筈なのに、

骸骨はただただ無表情だ。

しばし手を合わせた。


敷地内にはいくつもの窪地がある。
言うまでもなく、処刑された人々がここに放り込まれ、後に掘り出された跡だ。

CIMG4665.jpg

CIMG4674.jpg


未だにそこかしこに無造作に遺骨が散乱している。
まだ地中に眠っている人達が沢山いるんだろうな。

CIMG4671.jpg

CIMG4673.jpg


トゥールスレン博物館へ  

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 0 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(3)~プノンペン②
2010-08-06 Fri 00:18
CIMG4634.jpg

そんなプノンペンも、昼間はごく普通の「アジアの喧噪」である。
朝6時を回る頃からけたたましくクラクションが鳴り、バイクが排気ガスを撒き散らし、無数の出店が道路脇を埋める。

シェムリアップでは見かけなかった甘味屋が沢山ある。

CIMG4643.jpg

CIMG4848.jpg

ここのカボチャプリンがめっちゃうまい。


プノンペン市街にほとんど興味はないので、いつもどおりバイクを借りて適当に散策。
市街地から1時間ほど南下したところに、キエンスヴァイというちっぽけな行楽地がある。
とりあえず行ってみた。

CIMG4645.jpg

CIMG4648.jpg

その辺の屋台で焼き魚やビールを買って、川面に突き出た涼み小屋で過ごす。

キエンスヴァイの周辺には川沿いに集落が続いている。
観光客などまず来ないであろう、ごくごくありふれた貧しく平凡な「住宅街」。
なんとなくブラブラ歩いてみることにした。
道端で老人が煙草を吹かし、子供が走り回り、主婦が家事をしている。
こういう風景を見るのが好きだ。

が・・・。
年の頃は17、8くらいだろうか。日本で言えば高校生くらいの男の子達が僕に近付いてきて言うのだ。





「お兄さん、女いらない?かわいいよ」





こんな普通の「住宅地」のどこに置屋があるというのだ?
あまりに日常的なこの風景とのあまりの落差。
カンボジアの闇は、都会の喧噪の内にあるとは限らない。

警察の、国家の、国際世論の目を逃れ、こういう所にもカンボジアの闇は巣喰っているのだ。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

帰りは日もとっぷり暮れ、辺りは完全な真闇に。
見えない何かが蜷局を巻いている。プノンペンはそんな街だ。

CIMG4854.jpg

    (※)念のため、僕は女も買わない。理由はバンコク編で述べる。


よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 0 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(2)~プノンペン①
2010-08-04 Wed 00:54
CIMG4633 のコピー

日本を午前発、同日現地到着を目指すと、どうしても現地着は夜中になる。
プノンペンに到着したのも午前0時を過ぎてからだった。

空港から市内まで公共の交通手段はないので、バイタクを使うことになる。
勿論すんなりはいかない。値段交渉で当然揉める。

バイタクのケツから見た初めてのプノンペンは  
初めて訪れる土地特有の疎隔感はあろう。
それから事前に調べた「治安の悪さ」に対し、やや過度に身構えてしまっているこちら側の心象も。
実際プノンペンの治安は悪い。
が、それらを割り引いても、夜中のプノンペンというのは何とも謂いようのない「嫌な空気」が澱んでいるのだ。

下卑た笑みを浮かべて近寄ってくるドラッグの売人は、他の東南アジア各都市よりかなり多い。
ほぼ1ブロック毎に、しかも実際ビニルに入った草を見せながら売り込んでくる。

    (※)念のため、僕はドラッグはやりません。
    「当たり前だろ!」と思うかも知れないが、それが全然当たり前じゃない現実が東南アジアには厳然と在る。


そして、多少なりともカンボジアに興味がある方ならよく御存知だと思うが、

ここプノンペンは、ごく最近まで「少女売春のメッカ」だったのだ。
そしてそれを目当てに世界中から変態が蝟集する一大拠点だったのだ。

それはある意味「今も」と云うべき類のものであろうことは想像に難くない。
そういう「不穏な空気」が、目抜き通りに無数に口を開ける裏路地の闇から下水のように流れ込んでくる、そういう「雰囲気」を感じずにおれないのだ。


「魔都」プノンペンから、今回の旅はスタート。


よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 0 | trackbacks : 0 | ↑top
インドシナ(1)
2010-08-03 Tue 00:40
今日、8月3日はわしの誕生日である。ハチミツの日なのである。

誰も覚えてないだろうが、以前インドシナ旅行記の前書きを書いて、そのあと部屋のサボテンと遊んでいたら10ヶ月経ってしまいました。月日は百代の過客。

再掲する。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

僕は毎年夏に一週間お休みを頂いているのだが、今年はカリキュラムの関係で二週間休暇をゲットすることが出来た。
拍手。
うむ。

一週間というのは海外を旅行をするにはあまりに短い時間で、せいぜい二都市が限界である。
欲張ってそれ以上増やすと、大抵ろくな旅行にはならない。
一、二泊程度では、その土地が持っている空気など到底感じとることが出来ないからだ。

二週間の休暇というのはこの仕事を始めて以来初なので、今まで出来なかったことをしたいと思った。
陸路による国境越え。
そして行きたいところを線で繋いだらこうなった。

ピクチャ 10

1.カンボジア/プノンペン
僕は「首都」と反りが合わない。「これなら東京でいいじゃん」と思ってしまう。
が、キリング・フィールドとトゥールスレン博物館はいつか行きたいと思っていた。
と言うよりも、東南アジアが好きな人間なら、訪れる義務すらある場所だと思う。

2.ラタナキリ(バンルン
カンボジアの北東の涯て、ラタナキリ州。
聞いたことすらない人も多いだろう。
まだ旅行者が訪れるのが難しい地域も多いカンボジアにあって、ようやく門戸が開かれつつあるところ。
手つかずの自然と宝石の産地。少数民族が今なお独自の文化を守って生活している。
せっかくだからマイナーな所に行ってみたかった。

3.ラオス/ドンデット
今回のメインはここである。
どの旅行者に聞いても、大抵「ラオス?何もないよ」と言われる。
が、このページを拝見して一発で心を鷲掴みにされてしまったのだ。

http://ha9.seikyou.ne.jp/home/sometimesomewhere/dondet.html

なんか日本人のノスタルジーを掻き立てる場所だと思いませんか。
電気も水道もないとこらしい。

4.タイ/ナコーン・ラチャシーマー
何故ここを訪れたかはのちほど。

5.バンコク
僕バンコク嫌い。
何でもあるが故に、何もない街。
ただ日本に帰るためだけの中継点。

よかったら応援クリックお願いします → FC2 Blog Ranking
関連記事
別窓 | アジア旅行記 | comments : 2 | trackbacks : 0 | ↑top
| 生意気言ってすみませんでした |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。