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3.11(1)
2012-03-16 Fri 06:39
14時46分。いつものように机に向かって授業の準備をしていたら、床がドン!と突き上げた。
家が軋み出す。


…。

随分デカいな…。

長い…。まだ止まらんの?

観葉植物の鉢がいくつか倒れた。


かなり大きな地震だとは思ったが、今日も授業がある(はずな)ので、特にTVを点けることもなくそのまま仕事を続けた。
その時、どんな映像が流れていたかも知らずに。

16時。いつものように家を出た。
電車は止まっていた。
駅前のスーパーもパチンコ屋も信号も、全部真っ暗。

出勤は諦め、呑気にも少し寄り道をしたりして、家に戻った。
TVを点けた。


・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。


皆さんはあの日の出来事を、鮮明に時系列に沿って思い出せるのだろうか。
僕はうまく思い出せない。
あの、ありえない映像。
日本では絶対に起こるわけがない映像が、これでもかと言わんばかりに次から次へと。
壊れたレコードのようにひたすら繰り返されるACのCM。
燃えさかる海。なんで?なんでびしょびしょの瓦礫が燃えるの?
何が、どんな順番で起こったのか、よく覚えていない。

被災者でもない、東北に親戚知人がいるわけでもない僕が何を言っても薄っぺらいのだが、
それでも、あれに衝撃を受けない日本人はいないだろう。

未だにYouTubeで津波の映像をよく見る。
「震災の記憶が風化」云々と言われるが、あれを忘れられる日本人なんて、そうそういねぇよ。
抵抗する術のない圧倒的な力の前に、国土が蚕食される、その絶望感・無力感・怒り・悔しさ。
戦争を知らない我々がそれを初めて味わったのが、あの津波ではなかったか。


・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。


正直何度かブログをやめようかと思った。
もともとバカ話を書き散らかすために作ったブログだ。
震災以降、とてもじゃないがそういう気分にはなれなかった。

逆にクソッタレなニュース。
ああいうのは、たまに起こるからコメントする気にもなるのだ。
こうも立て続けに日本人の醜態を見せつけられては、もはや何も言いたくなくなる。

いつまでもこういう澱んだ気分でいたくない。
溜まっていたものを全て吐き出して、自分の中で一応の区切りとしたい。

(つづく)

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昔と全然変わってないんだな
2012-03-01 Thu 23:25

「習ってない漢字使うな」指導で自分の名前を書けない子供も

子供が漢字で自分の名前を書けるにもかかわらず、「平仮名に直せ」と指導されるケースが少なくないことがわかった。東京都在住のAさん(44才・主婦)がいう。

「子供には“小学校に上がる前に漢字で名前が書けるように”と漢字を覚えさせ、子供も名前を漢字で書けるようになったことで自信がついたのか、学校に行くのを楽しみにしていました。ところがある日、『習ってない漢字は平仮名で書かなきゃダメなんだって』とションボリして帰ってきたんです。思わず“ダメってどういうこと? 自分の名前なのになんで漢字で書いちゃいけないの?”と声を荒らげてしまいました」

さらに、学校や教師によって漢字がOKだったりNGだったりすることで、ますます混乱してしまう子供や保護者もいる。

「うちの名字は『清水』で、息子は全部漢字で書けます。担任の先生は息子が名前を漢字で書いても『平仮名に直しなさい』とはいわないそうですが、書写の先生には『平仮名に直しなさい』といわれてかなり戸惑っていました。
最近では先生の顔色を見ながら『清水』『し水』を書き分けているようですが、どうして子供がそんな気を使わなくちゃいけないのか。せめて学校内で統一してほしい」
(女性セブン)


漢字だけじゃない。
算数や英語でもそうである。
自分が教えていないことを生徒が知っていることを、極端に嫌がる教師は多い。

理由は簡単、嫉妬である。
教師自身が自分の知識が如何に貧弱かを自覚しており、生徒が他所から仕入れてくる知識によって、それを凌駕されることを如何に恐れているかの証左である。

そもそも公立小中学校のテストなんざぁ、あんなものは学力テストでもなんでもなく、教師に対する忠誠心のテストに過ぎない。

たとえば僕が小学生の時、算数の時間。
反比例のグラフを描く。表にあるxとyの値を見て方眼紙に点を打っていく。
それを曲線で繋ぐ…はずが、
なんとその教師は直線で繋いだ(←笑うとこです)
結果角張ったへんてこな反比例のグラフが出来上がった。
僕はその間違いを指摘した。
教師は激昂して「値の分からない点と点の間を勝手に曲線で繋ぐとは何事か」みたいなことを言った。

英語の時間。テストで「~は何色ですか」の英訳が出題された。
僕は"What color is~"と答えた。
結果は×。
教師に問うたところ「それはまだ教えていない」。逆に叱られた。
彼にとっては、自分の教えていないことは正しい英語として存在しないということのようだ。

絶対に横並びにしか成長させないという姿勢。異分子の存在を徹底的に希釈しようとする磁場。そういうものが(特に公立学校には)確かに在る。

こう言うと馬鹿みたいだが「事実」として。僕はわりと勉強ができた(小学生までね)。
テストなど、他の生徒の三分の一の時間で終わってしまう。
見直しをする。何度も何度も見直しをする。
いくら見てもどこも間違ってない。
それでも僕は、びくびくしながら見直しをする。

何故「びくびく」していたか。
子供の社会は「異形(いぎょう)なもの」を徹底的に排斥する。 それはいじめの問題を見ても自明だ。
ところが教師はそれを窘めるどころか、むしろそれを促進する巨大な存在であった。
人より早く終わって余裕かまして、一問でも間違っていようものなら、「それ見たことか。調子に乗っているからそうなるんだ」と言われる。

みんなに合わせなければいけないことが世の中には沢山ある。
それは分かる。

しかし、なにか歪んでいないか。
鼻くそほじりながら左手で書いたって簡単に解けてしまう手応えのない問題群を前に、僕は超難問を前にした時のような難しい顔を必死で演技でつくり、取り組まなければならなかった。
六年間、ずっと。
そしてそれでも人より早く終わってしまい、いつもいつも皆が追いつくのを待ち続けていた。

生徒の個性を伸ばすなんて大嘘。
人より伸びるとちょん切られる、それが僕が小学生の時に学校に抱いた感想だった。

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