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お伽の国
2009-02-10 Tue 22:40
こんなことを言ってしまうと激しいお叱りを受けること請け合いなのだが、おもいっくそ本当のところをバラしてしまうと、自分でも会心の出来と思える授業は年にせいぜい数回である。
残りの数百の授業は、「あぁすればよかったな」「もっと良い方法があったんじゃないか」「やべ。チャックが半開き」などと、授業後いろいろ考え込むのである。

この仕事を始めてから、プロ野球のピッチャーの試合後インタビューが、実に身につまされる。
彼らの言わんとしていることが、実感として非常によく分かるのである。
よくあるコメントとして、

「今日はまぁまぁでした。先発の仕事は果たせたと思います」
「調子は悪かった。悪いなりのピッチングをした」
「何もありません。全く球が走らず最悪でした」

予備校講師も(少なくとも僕の場合)、全くこんな感じである。
ノーヒット・ノーランなんてそうそう出来るもんじゃない。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

ところで、いよいよ入試本番のシーズンである。
先週の日曜日が、高三最後の授業だった。

直前講習というのは1コマ3時間である。
それを、僕の授業を2コマ連続で取っている子が結構いて、それだけでも感じ入るものがあった。
もちろん受講する講座の多寡で偉い偉くないが決まるわけではないが、この入試直前の、肉体的にも精神的にも限界ギリギリの時期に、真っ直ぐな目で黒板を凝視する生徒たちに心動かされなかったといえば嘘になる。
目が「生きている」のだ。戦う人間の目。

しかも、生徒が問題を解いている間に名簿を眺めていて気付いたのだが、なんと僕の授業の前の世界史講座も取ってる子がちらほらいたのだ。
正直驚いた。
一日3コマ9時間。それを二日連続である。

思うのだが。
これほどのエネルギーで人間が事に当たる時期って、一生のうちに何度あるだろう。

文句ばっか言って、人のせいにばかりして、ちんたら走る奴に、何が見えるものか。
全力で疾走する人間にのみ見える風景というのが、確かに在る。

今あなたたちは、そういうステージの直中にいるのだ。
胸を張るべきである。

・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。・:*:・゜☆,。・:*:・゜。・:*:・゜☆,。

改めてこの仕事の重さを思う。
それだけの思いを持って、彼らは授業に臨んでいるのだ。

彼らの揺るぎない思いに、僕はどれほど応えることが出来ただろう。
彼らの真っ直ぐな目に負けない鋼の意志を、僕は持ち続けることが出来ただろうか。

この仕事は、手を抜こうと思えばいくらでも抜ける仕事である。
毎年おんなじ授業を繰り返していれば、とりあえず成立するわけだし。

塾とか予備校ってのはお伽の国だ。
自分はどんどん年取っていくのに、生徒は年取らない(毎年入れ替わるから)。
いつまでもピーターパンでいられる。
そんな小児病者を何人見たことか。

が、そんなんで彼らの前に立ち、そしてそれを恥と思わない人間に、この仕事をする資格はないだろう。

僕は六年前に、素人同然でこの仕事を始めた。
最初の頃の授業といったら、それはもうひどいもんだったと自分でも思う。

彼らと授業で相まみえることはもう二度とないけれど、
約束したい。
僕は成長し続ける。
これからも成長し続けることで、彼らの「目」に応える他ない。

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2009-02-11 Wed 23:48 | | #[ edit ] | ↑top
>>非公開さん

コメントありがとうございます。
この記事は、正直アップしようかすごく迷いました。書いてからアップするまで数日かかりました。
自分でもすごく青臭い文章だと思うし、照れもあるし。

でも非公開さんのコメントを頂いて、こちらこそ心が温かくなりました。ありがとうございます。

「悪あがき」などと仰いますが、僕は「悪あがき」の存在しない受験なんて、価値ゼロだと思います。
あがくのはカッコ悪いことじゃないです。むしろ最高にカッコいいです。
訳知り顔ですましてる奴の方が、よっぽどダセぇ。

本当に辛い時期だと思いますが、どうか最後のエネルギーを振り絞って下さい。
ゴールのテープを切るまで、全力で走り抜けて下さい。
2009-02-12 Thu 02:40 | URL | りょう #-[ edit ] | ↑top
すっごくいろいろ考えさせられました。
自分の受験中のこととか。今でも、受験中の方が目標がはっきりしていて、大変ではあったけれど充実もしていて楽しかったような気がしてしまいます。かなり受験燃え尽き症候群になっちゃってるような…笑

大学に入ってから、個別指導ですが勉強を教えるようになって…っていってもこんなんで教えていいのかは不明ですけど、教えるのが想像よりはるかに難しいということにも気付かされました。
授業を受けているだけでは絶対にわからないままでした。今は受験直後とはまた違った意味でお世話になった先生方にお礼を言いたいです。
2009-02-16 Mon 22:45 | URL | aya #zq0jUS5Q[ edit ] | ↑top
>>aya

>教えるのが想像よりはるかに難しいということにも気付かされました。

学問に限らず、inputのみの時ってのは、結局は真の意味で「自分のもの」にはなっていないと思うんですよ。借り物の服を着ているだけというか。
outputすることによってようやく「自分のもの」になるんだと思います。

>受験中の方が目標がはっきりしていて、大変ではあったけれど
>充実もしていて楽しかったような気がしてしまいます。
>かなり受験燃え尽き症候群になっちゃってるような…

これに関しても同じ事が言えて、受験てのは(ごくごく一部の人を除いて)input的なモチベーションでしょう。
高三という自分の年齢とか、世間の目とか、教師や友達に引っ張られてとか、そういう外的要因に拠るところが大きい。

中には「○○大学で、○○の勉強をしたくて!」なんて殊勝なことを言う子もいますが、はっきり言って、大学で学問をしたことのない人間に、それがどういうものか解っている筈がない。
だからこれも「イメージ」に引きずられたものに過ぎない。

だから、自分の内なる声というか、魂の叫びというか、どうしても吐き出さずにはおれない何かと対峙するのは、何倍も難しくしんどいことなわけです。

存分に悩んだらいいと思いますよ。じゃないと「自分のもの」にならない。
2009-02-19 Thu 02:54 | URL | りょう #-[ edit ] | ↑top
>存分に悩んだらいいと思いますよ。じゃないと「自分のもの」にならない。

本当にそのとおりですね。

2009-02-27 Fri 20:21 | URL | さめちゃん #4Z41mNzQ[ edit ] | ↑top
うむ。
2009-03-06 Fri 12:52 | URL | りょう #-[ edit ] | ↑top
 
 
 
 
 
 

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