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インドシナ(5)~トゥールスレン博物館
2010-08-10 Tue 00:42
キリング・フィールドが郊外にあるのと対照的に、トゥールスレン博物館は市街地の只中にある。

CIMG4799.jpg

CIMG4798.jpg

元々リセ(学校)だった建物を「政治犯」の拷問・虐殺施設に転用。
稼働していた3年半のうちに約20,000人が収容され、ここを生きて出られたのは僅か8人。
看守の多くを10代の子供が務め、彼等もまたトゥールスレンの秘密を知る者として多く粛清された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/S21_(トゥール・スレン)

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入ってすぐ、A棟は尋問室。がらんとした部屋には鉄のベッドと「簡易トイレ」の弾薬箱のみ。

CIMG4801.jpg

CIMG4803.jpg

ベトナム軍がここに突入した時、このベッドの上がどうなっていたかは、後ほど写真を掲載する。

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C棟は独房。別の旅行者が雇っていたガイドの話を盗み聞いたところによると、「囚人」は自分の独房を自分の手で作らされたようだ。素人仕事の粗さがそれを物語る。

自分の手で「自分の墓場」を作らされる、その胸中は  

CIMG4827.jpg

CIMG4831.jpg

中に入ってみた。そして座り込んでみた。
畳一畳分もないスペース。
暴力的なブロック壁の圧迫感。
ここに鉄の足枷で繋がれ、
これで狂わない方がどうかしている。

誇張でもレトリックでもなく  
こうしていると、「囚人」の叫びが全身を包み込んでくるように感じるのだ。
真夏だというのに、かつて感じたことがないような悪寒が走る。
確実に、今もここには「何か」がいる。

ものの1分も座っていられず外へ出た。

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B棟。
夥しい数の「囚人」の顔写真。

CIMG4815.jpg


そして「処分」が済んだ後の写真。

CIMG4816.jpg

CIMG4819.jpg


一番印象に残ったのはこの写真。

CIMG4839.jpg

この微塵も希望の見えない極限状況の中、腕を折った我が子を抱え、母親は何を思ったか。
こうして文字をタイプすることすら、ひどく軽薄な行為のようで躊躇われる。

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当時のプノンペンは、完全にゴーストタウンと化していた。
あの、僕が屋台巡りをしている同じ通りが、このような状態だったのだ。

CIMG4820.jpg

CIMG4821.jpg


A棟のベッドには拷問死した腐乱死体が。
強烈な死臭で息も出来ない程だったという。

CIMG4806_2.jpg

CIMG4807_1.jpg

CIMG4808.jpg

CIMG4810.jpg

1979年。
決して遠い昔の話じゃない。
ごく最近の出来事。

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