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東日本大震災(4)~「自粛」か否か
2011-03-31 Thu 21:49
プロ野球開幕の延期が決まった。
選手会の「奮闘」に国民からは拍手喝采(というかマスコミがそう演出している)のようだが、おめでたいと言う他ない。

球団オーナー:悪
選手:善
という、毎度おなじみ愚民のステレオタイプ。

選手会が善良無垢たる正義のミカタなどではないことは、選手会のこれまでを見ていれば容易に分かる。
トップの新井がああいう朴訥としたキャラだからそう見えるだけである。

震災の影響でオープン戦もかなり流れたし、まだ調整不足だから開幕延期してくれ!というのが本音であろう。
「野球どころじゃない」というのは確かにその通りで、震災直後は恐らくニュースが気になって気になって練習どころではなかったと思う。
プロの野球選手をしてそうせしめるほど、今回の災害の影響はやはり「激甚」であったのだ。

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「自粛か否か」というのは、言うまでもなく、プロ野球のみならず国民全体のメンタルにも突きつけられた問題であって、あちらこちらで侃々諤々の「御高説」を賜ることができる。

曰く、

自粛などして何になる。
経済活動こそ最大の「復興支援」。

正論である。
何一つ間違っちゃいない。

一方で、

のんびりと緩やかに流れていた生の曲線を、突然暴力的に断ち切られた者達に対する、抑えようのない哀悼の意。

人間として当然の心の動きである。
人間は合理性だけで動いているわけではない。

僕は、今回のような出来事は、両断論理でカタが付くものではないと思う。
白か黒かで、無理に分かりやすくする必要はない。

被災者や、被災者を身近に持つ人の座標軸と、そうでない人の座標軸は決して交わらない。
これはダブル・スタンダードではないと思う。

たとえば僕のように東北に何の地縁もない人間が、どんなに被災者の方の悲嘆に思いを馳せようと、所詮それはママゴトに過ぎない。
どっかのおばさんみたいに、上滑りの綺麗事にしかならない。
ならば自分にしかできないことを粛々とやるべきだろうと。

愚かしいのが、お互いがお互いの座標軸に土足で上がり込むこと。
これが最も僭越で醜く、僕的には一番許せない行為だ。
静かに喪に服す人がいる一方で、ダイナモたるべき人間もいる。
無闇矢鱈に自粛を促すのが愚の骨頂であるのと同様に、
立ち上がれないでいる人の首に縄を付けて、引きずり回す権利など誰にもない。

そういう意味で、やはり人間てのは助け合って生きているのだなぁとつくづく思う。
ACのCMに出て来る、内田篤人の「日本は一つのチームなんです」。
あれは本当だと思う。綺麗事でも何でもない。
サッカーに喩えれば、一人がピッチの外に出ざるを得なかった時は、残りの10人が1.1倍頑張ればいい。

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